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11月2日午後に開催された分科会「安全保障対話」においては、全体の議題を「日中協力体制とアジアの安全」と設定し、前半部では「北東アジア地域と日中協力」、後半部では「相互信頼の増進、長期的安全保障協力体制の構築」をテーマとして議論が交わされました。前半部には日本側パネリストとして明石康氏(財団法人国際文化会館理事長、元国連事務次長)、白石隆氏(政策研究大学院大学客員教授)、山口昇氏(防衛大学校総合安全保障研究科教授、元陸上自衛隊陸将)が、中国側パネリストとして、林麗韞氏(中華全国帰国華僑聯合会元副主席、全国人華僑委員会元副主任委員)、李秀石氏(上海国際問題研究所日本研究室主任)、王錦思氏(北京大学・中日コミュニケーションセンター常務理事)が出席しました。基調報告は藤田幸久氏(参議院議員、民主党国際局長)と呉江浩氏(中国外交部アジア司副司長)氏が行い、司会は若宮啓文氏(朝日新聞社コラムニスト)と劉江永氏(清華大学国際問題研究所教授)が務めました。
最初に基調報告を行った呉氏は、近隣諸国、とりわけ北東アジアにおいて友好な関係を構築しようとする姿勢を示している鳩山政権を積極的に評価したうえで、「北東アジアでは歴史的に、対話と協議が安全と発展にとって最重要」と述べ、北東アジアは次の点において協力を深めることができると語りました。すなわち信用メカニズムの構築、経済協力強化、北朝鮮の非核化、文化交流の促進といった点です。なかでも日中関係は北東アジアの発展にとってきわめて重要で、「韓国も含めて活発な交流が期待される」とも述べました。
続いて藤田氏が基調報告を行い、民主党の外交・防衛政策の基本を説明した後、新しい安全保障の視点を提示しました。藤田氏は、日米同盟のメリットを認めつつも、自衛隊の海外派遣はあくまで国連憲章重視とすべきこと、MD(ミサイル・ディフェンス)や中露に対するアメリカの拡大抑止は実効的なものではないとの認識を示しました。また鳩山政権が歴史問題を直視し、戦後の問題を解決する姿勢を明確に示していることを説明しました。そして中国に対し、北東アジア非核化実現のために指導力を発揮することを期待する一方で、日本は中国を見習ってPKO活動に積極的に参加すべきとの考えを示しました。
基調報告を踏まえてパネリストによる討論が開始されました。まず林氏が台湾と中国の関係改善に努めてきた自身の経験を踏まえ、「平和と発展の両立」の必要性を強調したうえで、その実現のためには「エネルギーや環境保護、新型インフルエンザ対策も含めてアジア地域で協力することが中国にとって重要」と述べました。さらに「中国と台湾の関係は内政問題であり、他国は侵害すべきでない」とも付け加えました。
日本側から最初に発言した明石氏は、現在の日中関係について「歴史上初めて平等な関係を築く段階に来ている」というポジティブな側面を指摘しつつも、一方で依然として双方の国民感情が改善していないことを憂いました。そして、これを解決するためには「中国が戦後日本の強い平和理念を理解するとともに、日本も内向きの一国平和主義ではなく積極的に国際平和に協力する姿勢を示す必要がある」と語りました。さらに、呉氏の基調講演で触れられていた日中韓の関係強化についても「韓国が加わることでソフトパワーが強固になる」と賛意を示し、「日中韓の統一的漢字使用」を提案しました。藤田氏が「歴史の直視」ということを挙げていたことに対しては、歴史教育において現代史が手薄になっていることの問題を指摘しました。
それに対して、李氏は、日本が中国に対し軍事的脅威を感じていることに理解を示しつつも、日本に必要なことは中国を国際的メカニズムに引き込むことであるとの認識を示しました。そのうえで「東アジアや環太平洋の協力において非建設的な主導権争いは望ましくない」と双方に釘を刺しました。
その後発言した白石氏は「外交において重要なのは予測可能性を高めることである」としたうえで、「その意味で日米同盟はうまく機能している」と述べました。そして、「中国の台頭によって東アジアの秩序は変わっていかざるをえない」ものの「革命的な変化はどの国にとっても好ましくない」と述べ、現在高い状態にある日中双方の対外政策の予測可能性を、長期的にも高めていくことが必要である、との考えを示しました。また経済発展と並行して進んだ密輸や人身売買の問題を指摘し、これまで議論されてこなかったこれらの分野において、「アジア地域間協力を具体的に進めることができるようになっている」との認識を示しました。
王氏は「中日は互いに理解を深めるべきで、70年代のように友好な関係を築きたい」と主張しました。
山口氏は、「日本と中国はPKOにおいて同期生だが、その後日本は劣等生になった」と述べて藤田氏が触れた日本のPKOについて補足し、中国を見習って自衛隊の国際協力を活発化させるにはリスクを負う覚悟が必要、との認識を示しました。さらに「自衛隊と人民解放軍がそれぞれの長所を活かして協力できる活動もあるのではないか」との考えを示しました。北朝鮮の非核化に関してはオバマ大統領の声明が出された現在の状況を「千載一遇」と評し、「核保有国にとって核廃絶は非常に厳しい話ではあるが、徐々に議論していく必要があり、核に対する日本の姿勢はモラルサポートになりうる」とも述べました。
全員が一通り意見を述べたところで、基調報告を務めた呉氏はこれに応答し、「核軍縮についての方向性は同じだと思う」と述べました。ここで前半は終了し、会場は10分間のコーヒーブレイクに入りました。
「安全保障対話」後半部ではパネリストとして、日本側から高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、明石氏、中国側からは胡飛躍氏(中国医学科学院衛生政策・管理研究室)が出席しました。基調報告を行ったのは山口氏と呉傑明氏(中国人民解放軍国防大学軍隊建設・政治活動部副主任)、司会は前半同様、若宮氏と劉氏でした。
呉傑明氏は基調報告の中で、昨年胡錦濤国家主席が訪日した際の発言に触れつつ、「相互信頼の強化」の必要性を指摘しました。そして「かつては互いの防衛戦略に対する理解が足りず、相互不信が存在していたものの、現在では中国政府も情報を随時発信しているため、中国の透明度が低いというのは客観的でない」と述べました。また自衛隊と人民解放軍のあいだの軍事交流のみならず、軍人レベルでの交流を活発化させることの重要性も併せて指摘しました。
これを受けて山口氏は、呉氏の発言を補足しながら基調報告を行いました。はじめに人民解放軍と自衛隊の関係発展について、親密になりつつある現状を説明したうえで、今後のさらなる発展に期待感を表明しました。また山口氏は国防費の透明性についても呉氏の意見に賛同し、「客観的に透明性は改善されている」と述べました。一方で「透明であることと透明に見えることは異なる」とも述べ、中国側に対し軍事力整備の目標を明確にすることを提案しました。さらにはナショナリズムの問題についても言及し、日本は経済が下降気味であり、そういう内向きのときこそ排外主義が出やすいとの認識を示しました。この点では明石氏同様に、現代史教育の意義を強調しました。
胡氏は日本で起きた政権交代に触れ、北東アジアの安保にとってよい環境が整いつつあるとの認識を示したうえで、民主党と新型インフルエンザや環境問題といった新たな分野での協力を進めることに対し、期待感を表明しました。
一方で高原氏は、主にナショナリズムの問題について語りました。「中国からの留学生が来日前後で日本の印象を大きく変化させている事実がある一方で、一部の若者のあいだでは覇権主義的な考え方が広まっている」と危機感を表明しました。また、「国防費の透明性向上だけでなく、日米中三カ国の対話を重ねることで不安を払拭することが、日米中が戦略的に共存するためで重要」とも述べました。
これに対し胡氏は「核の不使用を宣言したのは中国だけである」と述べ、中国の平和理念を強調しました。また司会の劉氏も議論に参加し、「ナショナリズムは日中間で言葉をめぐる無理解があることが背景にある」と指摘するとともに、尖閣諸島の問題についてはこれを「中国人の義務」と肯定的に考える立場を明らかにしました。
劉氏の発言を受けて日本側司会の若宮氏は「『義務』の論理が海軍強化の際にも転用されるのではないか」との危惧を示しました。
最後に若宮氏が「各論では相違が残ったが、方向性は同じ」との認識を示して、分科会「安全保障対話」を締めくくりました。
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